デート

彼女は人混みが嫌いだ。そして彼女は昼間が嫌いだ。
僕たち二人は土日しか休みが無いくせいに、彼女は土日の混雑した町に出るのにうんざりしてしまう。といって外に出ない。
僕たちのアパートは都内の大きなターミナル駅に出るのに、20分という位置にあるのに、そこにはほとんど行かない。

僕が彼女のアパートに自由に出入りができるようになった頃、つまり付き合い始めなのだが、僕たちもそれなりに新鮮で、町を二人で歩いた。
その頃はまだ、僕は彼女がどんな場所を好むのか本当のところ知らなかったし、彼女もまた僕のそういうことを知らなかった。
だから、結局なんでもある、買い物でも映画でも何でもできる大きな駅で待ち合わせをして歩いた。
そういう大きな駅の周りは人がたくさん居て、道を歩いているのに人にぶつからずには前に進めない、そういう状況だ。
最初、彼女は僕の後ろについて歩いた、そして何度も僕にぶつかった。
僕は行く先をきめずに、ただのんびりと歩くのが好きだから、彼女も僕の後ろに居るわけだからそう思っているのだと思っていた。
何回かそういうデートを繰り返した。
あれは新宿の交差点だったろうか、赤信号のときに彼女は横断歩道の最前列に、人のあいだを縫って出た。
僕はいつも前の人にぶつからないようになんとなく信号待ちをする方だから、彼女がするすると前に出るのに最初気がつかず、わたろうとしたときに彼女が居ないことに気がついて、あたりをきょろきょろ見回してしまった。
彼女は信号の向こう側に居た。
点滅する信号にあわてて走ってわたり終えると
今日はどこに行くの?
彼女ははっきりした口調で僕に言った。
僕はなんとなくの予定しかきめてなかったから、言葉に詰まった。
すると彼女は僕の返事を待たずして、さっさと歩き始めた。
着いたのは交差点近くの大きな本屋で、エレベーターで2階の入り口に彼女はもう上がっていた。
僕がエレベーターに乗り込むのを彼女は上から確認すると、さっさと店内に入ってしまった。
僕が遅れて店内に入って、彼女の姿をようやく見つけると、彼女の手にはすでに何冊かの本が抱えられていて、更に棚の本に見入っていた。
彼女は顔を上げて僕の姿を確認すると、そのままレジに向かって会計を済ませた。
おなかは?
彼女は一言僕にそういった、
食事はしていないと僕が言うと、そのまま店を出て、彼女のすぐ後ろに付いた僕にどんなものが食べたいのかと聞いた。
僕が考えているうちにエレベーターは道に面した1階に降りて、彼女は振り返りもせずに歩き出した。
彼女は人と人とのあいだを方を斜めにしながらうまく先に進んでいった。
僕は多くの人にぶつかりながら、彼女にやっとやっとでついていった。
駅の周りをぐるりと半周して、反対側の出口に出ると、彼女は大きなデパートに入っていって最上階のレストランフロアに向かった。
そこには大きな映画館も入っていて、彼女はまずそこで上映時間を確認すると、切符を二枚かって、僕があわてて財布を出すと、彼女は僕の1枚分だけの現金を受け取り、レストランフロアの案内図の前に僕を押し出した。
こことここどっちがいい?彼女はそういって地図を指差し、また僕が黙っていると、そのままフロアを一周して、一番人の客の居ない一番落ち着いた日本料理の店に入っていった。
そこは僕が計画していた予算を大きく上回りそうな店だったが、彼女はもう店に入ってしまっているのだし、仕方が無い。
店内には外では見なかった外国人の姿ばかりだった。一体これほど多くの外国人がどこから来たのか僕には全く検討がつかない。
新宿の喧騒の静かな日本料理やで外国人に囲まれて食事をするというのは、居心地が悪いというわけではないけど、落ち着かなかったというのが正直な感想だ。
食事が済むと彼女は時折時計を確信して、映画の始まる時刻ちょっと前に、店を出てチケットを買った映画館に移動した。
大きな展望室のような窓のある踊り場を抜けて、僕がコレまで経験したことの無い段差の大きな坂の急な館内の一番上、最後尾の中央に座席をきめると、彼女は映画のはじまるまでのわずかな時間、僕の肩に頭を置いた。眠っているようだった。
きっと疲れたのだ。
今の僕にはそうわかる。
映画館は混んでいるというわけでは無かったけれど、前の人の頭も大きな段差のおかげで気にならなかったし、何より椅子の座り心地が抜群によかった。
上映が終わって外に出ると、展望室の窓から見えるのはもう暗闇だった。

窓の前で彼女の顔をふと見ると、彼女は昼間見たことの無い生き生きとした目をしていた。
漫画だったら「らんらん」というキャプションがつきそうな様子だ。
彼女は映画館のゆったりとした椅子でぐっすりと休息をのは、夜を待っていたからなのだ。
新宿の街はまだ人が減ることは無かったが、彼女の脳内地図にはもう次の行き先がしっかり決まっているらしく、さっさと暗闇をすり抜けて、木製の門構えの地下へ続くバーへと慣れた足取りで入っていった。
やれやれ。僕の財布はそうやって薄くなるのだ。