僕は駅に居た。
バスの時間を待つために。
40分。
駅の前の花の植木鉢に、若い男が勢いよく吐瀉していた。
口から滝のように吐くというより、引力に負けて落ちるみたいに。
嫌な気持ちがこみ上げてくるが、仕方ない。今日は金曜日だ。
僕は手にしていた本をアルコールでも摂取しながら、読み終えてしまおうと、駅の前にひとつだけあるショットバーに寄ろうと思った。
地下にあるその店は、看板が変わっていた。
2ヶ月前に彼女に教えてもらったその場所は、そのとき看板は黒で、押し付けるものが何もなかったのに、今日は赤と緑と黄色のバックに、アフロヘアの男の影が書かれたものに変わっていた。
階段を降りようと、ビルの中に足を入れたら、地下から大きな女の人の笑い声が聞こえた。
鼻の詰まったような、のどにたんが絡んだような、口の中がこもっている人が発する不快な声だった。
僕はそのまま駅に帰ろうと思った。
駅の中の飲食店でコーヒーでも飲みながらすごしたらいいと予定を変えた。
駅のコンコースでまた水の落ちる音がした。
僕の上司のようなスーツにトレンチコートを着た男が、塗装されたコンコースの脇に小さく設けられた植え込みのスペースに入って、小便をしていた。
女性のも彼のすぐそばを通る。
彼女たちは立小便をする彼を目にも入れに様子で、変わらない早い歩調で通り過ぎていく。
僕は珍しく疲れていた。
酒も飲んでいないのに、僕は吐き気がして、今日会った彼らと同じように植え込みに向かう。
2,3回嗚咽を繰り返すが、吐くことはできない。
僕の胃の中には彼らのような消化される以前の食物さえないのだ。
僕はおとなしくバス停に向かってそのまま30分、そこにたっていた。
ストリートミュージシャンエレキギターと、アンプを通したマイクで歩みを止めないと叫んでいた。
ストリートミュージシャンなのに、アンプを使うということに違和感を覚えた。
その電源はどこから引いているのだろう。発電機の耳障りな音もしない。
電池式でこんなに長時間コレほど大きな音が出せるものなのだろうか。
バスに乗って、降りたあと、彼女の真似をして遠回りをしてコンビニエンスストアに寄りミートソーススパゲッティーを購入した。
もちろんパルメザンチーズは電子レンジのドアに貼り付けたままだ。
アパートのドアをノックするのも面倒で、僕はガチャガチャと取っ手を回した。
パタパタと彼女が走ってくる音がして、ドアが開いた。
テーブルにはもう食事の用意ができていた。
彼女は僕の手にしたビニール袋には目もくれずに、そのまま台所で味噌汁の入ったなべに火をつけて、茶碗にご飯をよそっていた。
僕は舌を鳴らして彼女を呼ぶ。
僕は彼女の名前を呼ぶのが恥ずかしくて、飼っていた猫を呼ぶように舌を鳴らして彼女を呼ぶのだ。
彼女は台所から玄関に顔を出す。
ビニール袋を彼女に渡すと中身を見て彼女は笑った。
スーツを着てカバンさえ持ったままの僕を見て、そのまま強く抱きしめてくれた。
なべががたがたと音を立てる。
それでも彼女は何も言わずに僕に体重を預けている。
しばらくそうしていたが、僕の方がなべの音が気になって彼女を体から離すと、ガスを止めた。
彼女は台所のガス台の前でもう一度僕に強く腕を回すと、「ご飯にしよう」といって僕の頭をくしゃくしゃといじった。