第一ボタン

彼女はシャツのボタンを一番上まで締める。
コートもカーディガンも、ボタンのあるものは首元まで必ず締める。

彼女は服を買わない。
数百円の古着を年に2回くらい季節の変わり目に買い物袋いっぱい買う。
あとは下着を何年か一回にまとめて入れ替える。
それだけだ。
そのなかでもボタンの服が多い。
幼いころ水泳をしていたせいで、肩幅が人より広いことを気にしているくせに襟のつまった服を着る。
ニットなんかよりはずっと目立たないし、洗濯もしやすし、着心地もいい。
そういって彼女は猫背になってやり過ごす。
半そでは嫌いだという。
二の腕が太いわけではないのに、肩が出ているせいで目立ってしまうのだという。
今でこそ、7分丈が多く出回るようになったが、彼女が高校の制服を着ていたころに。そのような便利な代物は無く、長袖の制服をアルバイト先の衣料品店のお直しの先輩に頼んで、Yシャツの袖を7部の長さに直してもらって着ていたというから、よほどのことだ。
そうやって彼女は開襟のシャツにも半そでのシャツにも目もくれずに、長袖を着続けた。
彼女と同じ部屋で暮らし始めて覚えたことに、シャツのアイロンがけがある。
両親の家に居たころは、洗濯かごに入れておいたYシャツが2.3日でアイロンのかかった形でクローゼットにかかっていたから、シャツとはそういうものだと思っていて、洗いざらいのしわしわのシャツを目の前にするのは初めてのことだった。
よくはたいて干さないからそういうことになるのよ。
彼女は僕にそういって、アイロンに向かう。

もちろん僕のシャツに彼女がアイロンを掛けてくれるなんて、僕の母親のようなことは彼女はしない。
彼女は、彼女のコットンのしわしわに小さくなったシャツにせっせとアイロンをかける。
形状記憶なんてまがい物だわ。
彼女はそういって、僕にも厚手のコットンのYシャツを選ぶ。
僕は彼女のするアイロンがけを見て、襟と首周りは仕上げにするのだとか、袖には一本の筋を入れるのだとかを学んだ。
手首の周りをサボるとなんだかみすぼらしくなるとか、かけようと思っていた面の裏で織り曲がった生地に線を入れてしまうと、直すのが大変だとか、うまくいかなかったが、何とか僕は、僕のシャツにアイロンを掛けられるようになった。
それから僕は、僕自身がアイロンを掛けたシャツを着て出勤することになった。